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流されることも能わないなら、
ただどこまでも穴掘って逃げる
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![]() "The Invisible Town of Kitezh" (1913) by Konstantin Gorbatov >> Wikipedia: Kitezh ロシア版アトランティスみたいな、架空都市の伝説。 ![]() 生物とメカを奇異極まりない方法で組み合わせた研究の紹介インタビュー記事。 ゴキブリを使った移動ロボットを作ったり、ゴキブリにワイヤレスビデオを搭載したり、 まあこのへんはまだ「比較的」まともなんですが、後半になると 解剖したカエルにウェブサーバを組み込んだり(ウェブ閲覧者のクリックで肢が動く)、 ハエにウェブサーバを組み込んだり(閲覧者の操作でハエに埋め込んだLEDが点灯)、 わりと普通の神経では考えられない試みを行っている方。 ああ、現代のマッドサイエンティストがこんなところに。 PETAは何も言ってこないんだろうか。 以前桑島なんとかという人が金魚をミキサーにかけた(自称)アートで ものすごい物議を醸したのを思い出すなあ。何だか似た臭いが。 俺はPETAの回し者でもなんでもないので 別にヒステリックな奇麗事をここでぐだぐだ言う気はなく、 むしろこういうマッドな方々こそが過去に様々なパラダイムを切り拓いてきたのも 否定しがたい事実であると思っていますが、 まあ、でもこのカエルは正直きもいわ、うん。 >> Gizmodo Gallery: Garnet Hertz (人によっては不快に感じるおそれのある画像が含まれています) しかしマッドサイエンティストと書いたけれども、 インタビューで言ってることは至極まともそうな感じ(まだざっとしか読んでないけど)。 やはりいろいろと考えさせられる。 ![]() (クリックで拡大) >> Wikipedia: Leet 発祥的には日本でいう2ch語っぽいけど、やってることはギャル文字文化に近い。 つまり「マリリン・マンソン」→「マソソソ・マソソソ」みたいなアレか。 海外にもやっぱりそういうのってあるんだね。 アラビア語圏のネット界とかでもそういうのあるのかな。 そんで掲示板に「ビンラディンだけど何か質問ある?」 みたいなスレッドが建ってたりすんのかな。 うん、すんごくどうでもいい話。 【参考】 >> Wikipedia: Internet slang ![]() >> ぶどう vs. 電子レンジ >> 燃える爪楊枝 vs. 電子レンジ >> 火薬 vs. 電子レンジ >> 純度100%の酸素入り風船 vs. 電子レンジ 後半2つでの、実験者の全力避難っぷりが彼らの真剣さと実験の意義深さを物語る。 いのちしらずなよいこのみんなへ: まねをするときは、じもとのじちたいのきょかをえてから おうちのひとといっしょにやりましょう。 (via 秋元@サイボウズ研究所プログラマーBlog) 先日ののび太vs.次元vs.ゴルゴの三つ巴問題のこたえ。
射撃では100%の命中率を誇るゴルゴと、 という問題でしたが、 正解は「空に向かって一発」でした。 確率計算云々はおいといてこれが最適解である理由を一言で説明すると 「ゴルゴと次元の両方が生きている限り自分は狙われない」 っていうこと。これがミソ。 自分以外のプレイヤーもまた最適な行動(この場合は生存確率が最も高い行動)を採る、 というのがこういうゲーム理論問題の大原則の大前提。 「自分を狙って急所を外し、死んだと見せかけて残り二人に殺し合わせ 最後に残った一人を30%の確率でドン」 という、正解にかなり似た考え方もできますが 上の理由から、こうしてわざわざ痛い思いをする必要もないことは明白ですね。 なおきっちりした確率計算を含めた超詳細な解説はこちらに。↓ >> いま作ってます。: 最強スナイパー決定戦 ここでは「結託と裏切り」まで考慮に含めた異常に濃い考察が展開。 かなり何でもあり感の漂う議論ではあるけども このシンプルなゲームでここまで奔放に突っ込めるのは単純に凄い。 本当の頭のよさというのは、ただ最適解を出せるということでなく、 それが最適であることをどうやって、どこまで検証できるかってところに現れるのだよな。 そしてこの人は本当にすげー頭がいいと思った。 めちゃくちゃ古いネタを突然紹介してみる。
射撃では100%の命中率を誇るゴルゴと、 シンプルなルールながらなかなかの良問なので答えはもうちょっと出し惜しみ。 なんせ古典的なネタなので知ってる人は知ってると思いますが めんどくさいとかいってすぐ検索とかしちゃイヤン。 さあ、みんなで考えよう。 >> あざけり先生、台風きどり: 禁煙ファシズム発動(大事な人に押し付ける)
「喫煙は個人の自由だから、きちんとマナーを守っていれば咎められるいわれはない」 というのは喫煙者・非喫煙者に関わらず多くの人間が持ってる考え方だと思いますが、 上の話を読んで多少なりともその姿勢に対して疑問を抱かざるを得なくなった。 この方の生々しい体験談がどこまで真実を捉えているかはよくわからない。 でも、喫煙にかなりの健康的リスクが伴うことは明らかなのに、 自分の大事な友人たちが喫煙しているのを 「本人たちも自己責任を承知の上で吸ってるんだから」といって見過ごすのは、 気遣いのように見せかけて単なる無関心であり放置とも言えまいか。 『でも、喫煙者にしてみれば「ほっといてくれよ」って感じだろうし、 「煙草やめなよ」等と忠告したせいで人間関係を気まずくするようなリスクを犯してまで 友人に煙草をやめさせようとするほど自分は迷惑を感じてないよ』 という非喫煙者も多いだろうけど(自分も今の今までそうだった)、 それって結局のところ、我が身かわいさからくる 自己弁護と自己欺瞞でしかないんじゃなかろうか。 自分が迷惑に思うかどうか、だけの問題じゃない。 そもそもちゃんとした友人関係ならその程度で気まずくなったりしないだろう。 (via bohemian rhapsody in blue) 思想家・エッセイストの内田樹さんが2/23のエントリーで展開していた、
「働かない若者」に関する仮説が興味深かった。 功利主義的な社会を拒否した若者は、彼らなりの「労働」の形態を独自に生み出す。 「労働」を「苦役」すなわち「他者のもたらす不快に耐えること」と等価とし、 その苦痛に対して対価が支払われるという解釈のもとで、 彼らは実生活のあらゆる場面でその「苦痛」と「不快」を表現することで 彼らなりの「労働」をこなし、そこから「深い達成感と自己有能感」を得る。 というような主旨。 まあまだ裏取りもしてない「仮説」というか「発想メモ」レベルの段階の話だし、 実際この仮説にすっぽり当てはまる人がそう多いとも思えなかったりするけど、 やっぱりこの人の着眼は面白いな。 少々話の飛びがちなコメント欄も含めて非常に興味深かったです。 はてなブックマークは例によって炎上してるけど、 こっちも十人十色の解釈や感想(それと野次)が見られて、これはこれで、また。 >>内田樹の研究室: 不快という貨幣 この仮説に対する医学都市伝説さんのコメントも、参考までに。 >>医学都市伝説: 「不快交換価値説」の切れ味 |
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